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(c)Mitsuo Tabata,1996All Right Reserved


撮影日:Jun.05-06,1997

上高地を読む
 冬の奥穂高、切れる筈のないザイルの切断により不慮の死を遂げる一人の若者。 事件の真相を巡る仲間たちの友情、そして恋愛。
 実在の「ナイロン・ザイル事件」を背景に物語は展開、綿密な取材のもと、 上高地の雄大な自然がリアルに描かれている。
 当時の登山ブームとあいまって、主人公魚津と小坂の愛した 徳沢小屋は、「氷壁の宿」徳沢園として一躍人気となった。

「氷壁」
 魚津にはナイロン・ザイルの実験以来、うっとうしい毎日が続いていたが、 いま初めてその憂鬱さから脱け出すことができた思いだった。刻一刻、いま自分は友 の横たわっている穂高の雪の方へ近付きつつあると思うと、体全体がじいんと痺 れるような気持だった。
 「松本から上高地まで自動車で行き、今日中に徳沢小屋まで行ってしまいましょう」 魚津が言うと、「上高地からその徳沢小屋までの道は大変なんでしょう?」 かおるは訊いた。
 「もう雪はないから一時間程で歩けますよ」「雪のあるところなら、わたし平気なん ですけど、雪のないところは駄目なんです。下手ですのよ、歩くの。魚津さんに 見られたら恥ずかしいわ」変なことを恥ずかしがるものだと、魚津は思った。 二時に松本に着くと二人は直ぐ駅前のタクシーで上高地に向った。
 市街を外れると、道の両側に林檎畑が拡がり、林檎の白い花が見え始めた。 いかにも五月の信濃へやって来たといった感じだった。 「あら、八重桜が咲いてますわ」 かおるの声で窓外をのぞくと、なるほど農家の横手に八重桜が少し崩れた感じ の紅い花を重そうにつけているのが見えた。
井上 靖 著

関連ページ:緑萌ゆ上高地・大正池
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