
京秋三昧
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神護寺
神護寺のはじまりは、平安京造営(794)の最高責任者
(造営大夫)であった和気清麿公が、いまの愛宕神社の前身、愛宕山白雲寺などとともに建てた愛宕五坊の一つで、「高雄山寺」とよばれたが、天長元年(824)、河内(大阪府)の神願寺(清磨公創
立)の地が、よごれた所でふさわしくないという理由から高雄山寺に合併されて、「神護国祚真言寺」と称したのがはじまりであり、弘法大師を初代としている。(「神護寺」拝観案内より)
西明寺
西明寺は、古義真言宗に属し槙尾山と号す。高雄(尾)山・神護寺、栂尾山・高山寺と共に三尾の名刹の一つとして知られる。古来から、清滝川のせせらぎと共に、春の桜、つつじ、初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、四季を通じて豊かな自然を現わしている。
天長年間(824〜834)に弘法大師の高弟智泉大徳が神護寺の別院として創建したのに始まると伝える。(「西明寺」拝観案内より)
滝口寺
滝口入道と横笛の悲恋の寺、滝口寺は、もと往生院三宝寺といった。
念仏房によって創建された「往生院」は、念仏の道場として栄えその境内地も山上から広い地域に渡って数々の坊があったと伝えられる。その後、応仁の乱等の数々の戦乱により変遷を経て、後、祇王寺と三宝寺とが浄土宗の寺として残った。(「滝口寺」拝観案内より)
天龍寺
京都五山の第一位であるこの寺は、霊亀山天龍資聖禅寺といい、暦応二年(1339)に吉野で不遇の中に崩御された後醍醐天皇の霊を慰めるために、足利尊氏が高僧夢窓国師を開山として、嵐山を背景とする亀山離宮を禅寺にあらためたのが創まりである。
天皇が幼少の頃を修学に過ごされた地に、敵味方の別なく南北両朝の戦死者の英霊を慰さめることも、この寺の開創の目的であった。(「天龍寺」拝観案内より)