image
尾瀬・行く秋を惜しんで

名残の日差しを受けて
名残の日差しを受けて
只見川清流
只見川清流
競って秋の装い
競って秋の装い
露に濡れる尾瀬ヶ原
露に濡れる尾瀬ヶ原
メインメニュー
(c)Mitsuo Tabata,1996All Right Reserved
撮影日:Oct.2-3,1993

尾瀬のなりたち
 すばらしい自然と景観美にめぐまれた尾瀬は、その植生の豊かなことでも知られています。貴重な植物も 数多く生育し、学術的価値がきわめて高いので、地域全体が国の天然記念物に指定されています。 尾瀬は、群馬・福島・新潟の3県にまたがる湿原地帯です。わが国最大といわれる広い高層湿原をもつ 尾瀬ケ原を中心に、それをとりまく燧ケ岳、景鶴山、至仏山、アヤメ平などの山やまと、尾瀬沼と周辺 の湿原、三条の滝など、変化に富んだ地形によりなりたっています。

 尾瀬の生成の歴史を見ると、もっとも古い尾瀬の基盤となっている景鶴山の地層は約2億2000万年前、 至仏山をつくった蛇紋岩は約1億7000万年前に形成されたものといわれ、気の遠くなるような古い地層 です。その後、や、景鶴山や、いまの尾瀬ヶ原周辺にあるアヤメ平、ススガ峰、皿伏山などが火山活動をはじめ、 楯状火山をつくり、尾瀬落や尾瀬ケ原の盆地を形成しました。

 燧ケ岳が火山活動をはじめたのは、いまから約1万数千年前のことです。火山活動は日に日にはげしさをまし、 只見川の流れを西にかえ、ついには溶岩などの噴出物が只見川をせきとめて、いまの尾瀬ケ原のもととなった ”古尾瀬ケ原湖”が誕生したのです。また、南に流出した溶岩は沼尻川の流れをせきとめ、尾瀬沼がつくられ ました。

 やがて古尾瀬ケ原湖へは周辺の山やまから土砂が流入し、湖はしだいに浅くなり、岸から中央へむかって 水生植物が生育をはじめました。ついには、湖はこれらの植物の遣がいでうめつくされて、平らな湿原 (低層湿原)が形成されました。

 低層湿原は、年月がたつにつれて弱酸性となり、ヨシやヌマガヤの群落にまじって、酸性に強いミズゴケが 侵入しはじめました。ミズゴケは湿原の中央部ほどよく生育し、その遺がいは堆積して泥炭層となって、 凸レンズ状にもりあがった高層湿原(ミズゴケ湿原)をつくりました。高層湿原の泥炭層は、よく発達した ところでは厚さが475cmもあり、その形成には6000年もの年月がかかったといわれます。 (偕成社「尾瀬の植物図鑑」より)

関連リンク先:尾瀬夏景色
         尾瀬秋景