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撮影日:2000/07/29-2000/8/2
尾瀬の生成の歴史を見ると、もっとも古い尾瀬の基盤となっている景鶴山の地層は約2億2000万年前、至仏山をつくった蛇紋岩は約1億7000万年前に形成されたものといわれ、気の遠くなるような古い地層です。その後、や、景鶴山や、いまの尾瀬ヶ原周辺にあるアヤメ平、ススガ峰、皿伏山などが火山活動をはじめ、楯状火山をつくり、尾瀬落や尾瀬ケ原の盆地を形成しました。
燧ケ岳が火山活動をはじめたのは、いまから約1万数千年前のことです。火山活動は日に日にはげしさをまし、只見川の流れを西にかえ、ついには溶岩などの噴出物が只見川をせきとめて、いまの尾瀬ケ原のもととなった”古尾瀬ケ原湖”が誕生したのです。また、南に流出した溶岩は沼尻川の流れをせきとめ、尾瀬沼がつくられました。
やがて古尾瀬ケ原湖へは周辺の山やまから土砂が流入し、湖はしだいに浅くなり、岸から中央へむかって水生植物が生育をはじめました。ついには、湖はこれらの植物の遣がいでうめつくされて、平らな湿原 (低層湿原)が形成されました。
低層湿原は、年月がたつにつれて弱酸性となり、ヨシやヌマガヤの群落にまじって、酸性に強いミズゴケが侵入しはじめました。ミズゴケは湿原の中央部ほどよく生育し、その遺がいは堆積して泥炭層となって、凸レンズ状にもりあがった高層湿原(ミズゴケ湿原)をつくりました。高層湿原の泥炭層は、よく発達したところでは厚さが475cmもあり、その形成には6000年もの年月がかかったといわれます。 (偕成社「尾瀬の植物図鑑」より)