11月2日 癌性腹水 恐れていた通り、腹膜播種の癌細胞による影響が高いという。今は利尿剤で対応しているが、今後の結果によっては針を入れて水を抜くという方法があるが、同時にタンパク質も出てしまい体力の低下がおきるので、なるべく最後の手段にしたいとの事。結局術後3週間、為す術もなく癌細胞の思うが侭になってしまった。こんな事なら痛い思いをして大手術などせずに他の療法があったのでは・・・。医師によると「あのまま放置すれば、間違いなく多臓器への転移、大出血で危険な状態に陥っていたでしょう」といわれる。経口治療が出来ない以上、リンパ球移植などに頼るしかないのか・・・。
11月3日 森瑶子さん 利尿剤の効果で2cmほど腹囲が減ったそうだ。そのせいか表向きはいつもより
元気そうである。胃癌で亡くなった「森瑶子」の話題が出た。「彼女は末期がんで手術もできなかったみたいよ」と言う。やはり自分は手術が出来、成功したと思ってるようだ。そうだよ、肝臓も膵臓も大丈夫なんだから、何とか頑張って欲しい。一人で除夜の鐘を聞くことを想像したら気が狂いそうになる。
11月4日 抗癌剤 医者から「家に一時帰るのは中止して抗癌剤治療を始めたい」と言われた。家に帰れないショックと恐れていた抗癌剤治療のダブルショックでかなり落ち込んでいる。「もう少し居て・・・」と言われ2時間話し込む。入院以来ほとんど食事らしい食事もとれず体重は35kgになってしまった。こんな状態で抗癌剤治療を始めて大丈夫なのだろうか。不安で胸が苦しい。
11月5日 再婚 「パパ、再婚しなよ。まだまだ大丈夫だから・・・」って泣きながら言われた。静子には今まで苦労のかけ通しだった。だからお前と幸せになりたい。他の人と仮に幸せになってもそれは虚像だ。頭を撫ぜながら過去を許してくれ「いろいろあったけどやっぱりパパが好きだった・・・」と言われ涙が止まらない。俺は一生をかけて静子に贖罪すると心に誓う。  
    
11月6日 独り言 ここ1週間でげっそり痩せてしまった。自分の話し声も変に聞こえるらしい。あまり良い兆候とは言えない。本人は抗癌剤治療の後、年末には家に帰れると思っているようだ。点滴をぶら下げてでも一度自宅へ帰らせてあげたい。ラーズやルナ、ミオに囲まれて幸せなひと時を過ごさせてあげたい。そのくらいいいだろう、神様!
11月8日 小康状態 ここ数日は比較的調子よいようだ。重湯もスープも少しではあるが喉を通るようになってきた。早く体力をつけなければ・・・。
11月10日 経過説明 類まれな進行スピードのスキルスだそうだ。一度帰宅するにしても、抗癌剤治療を始めるにしても、もうタイムリミットらしい。希望が50%もない抗癌剤治療なら、今更という気もするが・・・。
11月13日 病状告知 医師と本人を交えて腹水の原因が癌性の疑いがあることを告げる。「あ〜っ!」という悲鳴に似た声をあげたが、後は努めて冷静に話を聞いていた。結局
一時帰宅の件も「身体が辛いだけだから・・・」と断り、抗癌剤治療に望む覚悟を伝える。期間は2週間、5FUとMTX、それにシスプラチンを少量ずつ連続投与と決まる。くれぐれも腎機能に配慮して欲しい旨念を押す。事の重大さを改めて認識したらしく、2時間も泣きっぱなしだった。もっと生きたい・・・と泣いた。本当にこれで良かったのか今は何とも言えない。
11月16日 抗癌剤2日目 初日はほとんどいつもと変わりなかったようだが、今日は副作用らしく身体がだるいという。残業の合間をみて、見舞ったときも吐いていた。看護婦さんを交えていろいろ話をしてたら気が紛れたらしく、帰る頃にはいくぶん元気になったようだ。腹水は相変わらずだが「じき抗癌剤が効いて減ってきますよ」と看護婦さんが励ましてくれる。ありがたいことだ。
11月17日 お百度参り 近所の神社でお百度参りをする。午後10時から始めて終わったのが午前3時半。1往復200mだから20kmということか。最初は楽勝と思ったが40回目あたりから、足が痛くなり最後がもう腰もぱんぱんで歩けない状態だったが、頑張る。終わったとき、神が見えるかと思ったが、現れたのは酔っ払いだけだった。
11月18日 免疫療法  相変わらず腹水がひかない。目の下にクマができてくぼんでしまってる。これで果たして正しかったのだろうか。食事をとるのも辛い中で、免疫療法(アラビノキシラン、マンダL500)を飲み始める。しきりに敦のことを心配しているが、親の心、子知らず・・・だ。
11月21日 抗癌剤効果2 抗癌剤治療を始めて1週間。いっこうに好転の兆しは見えないどころか腹水は溜まる一方でしきりに苦痛を訴える。
「夜眠るとき、このまま朝が来なければどんなにか楽なのに・・・と思うと朝、目が覚めてがっかりしてしまう」と涙ながらに呟く。最近は泣くにも疲れて辛いという。針で水を抜くか主治医と相談する。腎臓もあまりダメージがなく、逆にいえば効いてないということか。そろそろ次のステップに入る時が近づいている。
11月22日 腹水を抜く 針を刺して腹水を抜く。3時45分から始めて3時間半。予定より500cc多い2500ccを出す。あの30kgちょっとの身体のどこにこんなに溜まっていたのだろう。それも全部抜いたわけではない。血圧が82・25まで下がりこれ以上は危険ということで出来なかった。
セカンドオピニオンを頼んでおいた東京女子医大の小川先生から電話が入る。リンパ球移植は、体力的に無理なようだ。腹水除去も否定はしないが、すぐまた溜まる場合が多く,そのたびに抜くことになり、体力も落ちてしまうとのことであった。「残念ですが今後の事も視野に入れながら経過を見たほうがよい」との返事・・・・。いよいよモルヒネを使った終末治療も考えねばならないのか。看護婦さんに「もう殺して欲しい・・・」と泣いて頼んだらしい。「皆に迷惑をかけたくない、抗癌剤はもういい、このまま死なせて欲しい・・・」と。周りの会話の中からもうこの病気は治らないらしいと感じてしまったのかもしれない。
かわいそうに・・・・・。
11月26日 2001年 22日に腹水を抜いてから4日間、また溜まってきたようだが、思ったよりは経過は良いようだ。グレープフルーツやイチゴを「お・い・し・い・・・・・」と食べてくれる。食事は相変わらず駄目だが・・・。
明日から2度目の抗癌剤治療を再開するようだ。可能性30%・・・・。なんとかその30%に望みを託したい。これが効けばきっと年は越せるかもしれない。なんとしてでも21世紀の夜明けを二人で見たい。
11月28日 快便?! 一日遅れで2度目の抗癌剤治療を始める。早速夕方から腹が膨れだしてきた。食事後、しきりにお腹が痛いと訴える。まさか最終ステージに入ってしまったのかと不安がかすめる。しかし、その後トイレにいったところ、大量の排便があり、すっかり楽になったという。腸の活動が活発になってきてくれたのであれば嬉しいのだが・・・・。

戻る     次へ
闘病日記