いざ鎌倉・紅葉狩り

BGM:唱歌「鎌倉」(作曲者不詳)

紅葉狩りの概要

日 時:1999年11月20日(土)09:00集合

コース:北鎌倉駅(出発)→円覚寺→建長寺→鶴岡八幡宮→頼朝の墓→鎌倉宮→瑞泉寺→昼食:雷亭(鎌倉山)→報国寺→浄妙寺→杉本寺→鎌倉駅前(解散)

参加者:内田、横川、竹原、若狭、長竹夫妻、長谷川夫妻、片岡夫妻、佐々木、S.Nakano(佐々木さんの教え子)、峠館、大木 以上14名の皆さん


佐々木会員のレポート(写真は横川会員が提供)

さすがドン・ファミリ
集合時刻の午前9時の20分程前に北鎌倉駅に着いてみますと、臨時改札口が設けられており、「観光シーズンまっただ中」を感じます。駅周辺の樹木が未だに青さを失っておらず、紅葉狩りには時期尚早なのかと懸念しながら改札口に向かいますと、たった一人先着されていたのが内田さん。ご挨拶もそこそこに、気になっていたお嬢様・美奈チャンのベイビーのご誕生について伺いますと、「実は今朝の5時18分に生まれました」とのこと。予定日とお伺いしていた11月8日を大分過ぎた頃に東芝本社ビルのエレベータでたまたま美奈チャンの夫君・足立さんに出会ったのですが、満員状態の中つかの間の小声でのやりとりの中にベイビーのベの字も無かったので一抹の不安を感じていたのです。それだけに、いきなりのベイビー生誕のニュースは一大朗報でした。それにしても内田さん、奇遇会のイベント当日に初孫に恵まれられるとは。一昨年のイベントでの箱根・明神ヶ岳登山が丁度還暦登山となったのに加えて今回重ねての”奇遇”、さすがは奇遇会のドンとそのファミリーです。

*足立さん、美奈チャン、おめでとうございます。奇遇会への「三世代参加」実現を心待ちにしております。


”親族縁”に拡大
美奈チャンと、内田さん、足立さんとの、それぞれ親子関係、夫婦関係、それに、土橋新婚夫妻のような親族縁もこれまでの奇遇会メンバー間にもあることはありました。しかし、これらは、いつか飲み会イベントに飛び入り参加された内田夫人を含めて、「三井倉庫及び東芝の従業員並びに元従業員」という”会社縁”を背後に含むものでした。その意味で、片岡夫人、長竹夫人、長谷川夫人のご参加を得た今回の鎌倉イベントは、奇遇会の輪を更に”親族縁”にまで拡大した記念すべきイベントになりました。ご夫人同伴により、美奈チャン、あすかチャン、土橋夫人の”長期欠席”により奇遇会に暫く絶えていた華が加わりました。また、初参加のご夫人連が、さすが奇遇会メンバの配偶者らしく、とても初対面同士とは見えぬほど、自ら積極的に”奇遇”を楽しまれている様子も見えて好もしくも思えました。当初の計画になかった浄妙寺を急遽コースに組み入れたのも長谷川 夫人の提案からでしたね。浄妙寺詣でが無かったとしたら、我らのイベントも今一つアクセントを欠くところでした。矢張り「銃後の守り(古ーい!)無くして奇遇会メンバー無し」の思いを強くしました。今後は、ご夫人方も常連メンバーとして加わって頂き、一層奇遇会活動が彩り豊かになることを願っております。

”親族縁”に拡大
美奈チャンと、内田さん、足立さんとの、それぞれ親子関係、夫婦関係、それに、土橋新婚夫妻のような親族縁もこれまでの奇遇会メンバー間にもあることはありました。しかし、これらは、いつか飲み会イベントに飛び入り参加された内田夫人を含めて、「三井倉庫及び東芝の従業員並びに元従業員」という”会社縁”を背後に含むものでした。その意味で、片岡夫人、長竹夫人、長谷川夫人のご参加を得た今回の鎌倉イベントは、奇遇会の輪を更に”親族縁”にまで拡大した記念すべきイベントになりました。ご夫人同伴により、美奈チャン、あすかチャン、土橋夫人の”長期欠席”により奇遇会に暫く絶えていた華が加わりました。また、初参加のご夫人連が、さすが奇遇会メンバの配偶者らしく、とても初対面同士とは見えぬほど、自ら積極的に”奇遇”を楽しまれている様子も見えて好もしくも思えました。当初の計画になかった浄妙寺を急遽コースに組み入れたのも長谷川 夫人の提案からでしたね。浄妙寺詣でが無かったとしたら、我らのイベントも今一つアクセントを欠くところでした。矢張り「銃後の守り(古ーい!)無くして奇遇会メンバー無し」の思いを強くしました。今後は、ご夫人方も常連メンバーとして加わって頂き、一層奇遇会活動が彩り豊かになることを願っております。

”師弟縁”までも
ハワイ娘の Suzanne Nakano(通称:スー)が参加したのも今回の特筆事項でした。スーは日系四世で、来日して外資系の不動産会社に勤務しており、担当している関連情報収集に必要な日本語能力を高めるために佐々木から日本語を習っているのです。しかし、厳密に言うと、ここで「日本語」というのは間違いなのです。「日本語教育」は日本語を知らない学習者を対象とするものですから、日経の記事も平気で読めるうえに、敬語など寧ろ我々日本人以上に使い分けることのできるスーに対する教育ははっきりと「国語教育」の領域に属しているからです。なにしろ、「仲介」と「斡旋」の違いというような面妖な事柄までテーマになるんですから。スーは外面的にも日本人そのものですし、心根も大和撫子そこのけの優しさを備えた女性です。「国語教育」の師弟関係として出会ったこの奇遇を一人楽しんでいては鎌倉の神仏の罰に当たるのではないかと思って今回同伴の暴挙に及んでしまったのですが、さすが寛大なメンバー各位、異質の混在をお咎めなさることなく寧ろ歓迎して下さいました。スーと私の場合も含めて、「人の出会いはみな奇遇」。横川さんご発案のホームページを作ったら、この「奇遇関係」がますます拡大し多様化するのではないでしょうか。このホームページのヒット率は間違いなく低いことでしょうから、インターネット上の出会いがあればそれ自体が奇遇そのものになります。

●隠れ里・北鎌倉
ご夫人連は我が愛弟子のスーに対しても積極的に対応して下さり、道中色々と声を掛けて頂きました。あまつさえ、「二号さん」「妾」等という今や死語と化しつつある日本語までスーにご教授して下さったのは望外の喜びを遙かに超える驚きでさえありました。懐かしい、しかも、うら若い女性に対しては教えるのが気恥ずかしい日本語を教えるのは新米日本語教師の小生にはとてもできぬわざです。第一、北鎌倉は人の出入りが少なかった昔は妾宅を構えるのに絶好の地であった等という事実は小生自身初耳でした。しかし、北鎌倉の隠れ里らしさは訪れる観光客の増えた今日もなお残っているようです。集合時に、それぞれの住所から考えると当然下り列車で来る筈のメンバーの北鎌倉駅到着をプラットフォームで待っておりますと、予期せぬことに横須賀線の上り列車から下車して来るメンバーが二人、三人、また一人・・・。確か、峠舘さん、若狭さん、それに幹事の大木さんまで。聞けば、「北鎌倉」駅に気が付かぬまま鎌倉駅まで乗り過ごしてしまい戻って来られたのだとか。こんな調子ですから、今でも妾宅なら北鎌倉がお奨め。どなたか如何ですか。これはご夫人連には内緒の話ですが。



武士(もののふ)の都・鎌倉
肝心の紅葉は懸念が当たり時期尚早で、部分的な紅葉を拾い見できるのが精々でした。小生が数年前に見た京都の寺社の全面が朱に黄に染まるような、まさに錦絵のような紅葉とはいささか趣が違います。期待はずれに落胆しましたが、同時に、仮にピークの時期に至ったとしても、鎌倉には京都のような豪華絢爛な紅葉風景があり得ないのではないかとも思いました。京都の寺社は鎌倉と比べて、段違いに境内が広い上に、境内に擁する丘、谷、池等の佇まいにも奥深いものがありますので、妖艶で耽美的とさえ言えるような燃える全紅葉の世界が現出されるのだろうと思います。思えば、公家の都・京都に対して、鎌倉は武家の都。質実剛健を旨とする天下の武士(もののふ)達には、質素な佇まいの寺社を散策しつつ、点在する紅葉の鮮やかな色彩を愛でる光景の方が余程似合うようにも思えます。思いなしか、それでも随所に見ることができた紅葉も、京都のそれの油絵調と違って、澄明な色彩で端然としているように見えました。時期尚早であったことに対する負け惜しみが入り混ざるのを否定はできませんが、今回我々は如何にも往時の鎌倉らしい紅葉狩りの一片が体験できて却って良かったのではないかと思っております。一句ヘタッピな句ができました。「鎌倉はもののふの都紅僅か」


ルーキー双眼鏡デビュー飾れず

鎌倉はバードウォッチングの好場所とも聞いておりましたので、買ったばかりの双眼鏡を携行しましたが、当方の「いざ鎌倉」の意気込みに恐れをなしたせいか、小鳥達の声はすれども姿は見えずで、ヒヨドリ等どこでも見られる鳥が姿を見せただけでした。されば、茶パツや金パツやポニーテールの「小鳥さん」達をウォッチングせんものと見渡くましたが、こちらも意気込みが外れ、新鋭双眼鏡に相応しい現役ギャルは見当たらず、とうとうルーキー双眼鏡は鮮やかなデビューを飾ることができませんでした。しかし、キョロキョロしてスーから顰蹙を買うことがなくて済み、無事「教師の威厳」を保つことができました。まさに「No Misses is No Mistakes.」でした。今回は無用の長物に終わった双眼鏡ですが、必ずやバードウォッチング道の修行を積んで次回イベントに携行して、小生自身がとりこになったのと同様に奇遇会メンバー諸兄姉を小鳥の世界へ誘う所存でおります。


(Good)=D(Difficult)
スーは、いつもの国語教育の時と同様に、良い質問を投げかけてきます。そして殆どの場合、良い(good)質問は答えるのが難しい(difficult)質問ですから面妖です。峠舘さんのように、「この鐘が何故国宝なのですか」の質問に対して「単に古いだけ」と一言絶句できる勇気のない優柔不断な小生は、場所柄多かった寺社に関する質問に対する回答を我が奇遇会の「寺社奉行」でもあられる内田ドン殿に依存することとなります。例えばこうなります。スーの質問「観音とは何ですか?」小生スーを伴ってドン殿のもとに赴きただ反復「内田さん、観音って・・・?」そこでドン内田氏「如来が来世の利益を施すのに対して観音は現世の利益を施す存在、来世ばかりでなく現世の利益を唱うことによって仏教の普及が促進された」とのいとも明解なお答え。これで一件落着、師弟コンビ同時に納得という運びになるのですが「仏教徒の仏教知らず」は今回の鎌倉イベントで何度も実感させられました。「閻魔様とは?」の問いに嘘の説明でもしようものなら、それこそ舌を抜かれてしまいますからご用心。


何故仁王門?
不動産会社に勤務していて「物件」の評価・鑑定には慣れているはずのスーも「寺社物件」の評価・鑑定は苦手らしく、「どのお寺も同じように見えてしまう」のが本音のようでした。しかし、杉本寺を訪れたときだけは別でした。「このお寺には他と違って仁王様がいます。」そこで、例のG=D質問「仁王門の有無は何故?」またそこで小生例によって内田ドン殿にお伺いして「他のお寺は禅宗だったから。禅宗には仁王の存在が無い」の明解なお告げを賜り、師弟ともども同時的納得で本件も一件落着と相成りました。今回の鎌倉ハイクを通じて、ドン兼寺社奉行の内田さんは、迷える新米日本語教師に現世の御利益をお施し下さる観音様のような存在に見えました。「ドン観音様」等とお名付けしたら、まるで我がこと(鈍感でノンベな自分)を示しているようですので差し控えますが。

●石灯籠  ↓写真をクリックすると拡大写真が見られます
さすがのドン内田さんも絶句された場面がありました。昼食に立ち寄った「擂亭」の庭園でスーが石灯籠を目撃した時の話です。スーのG=D「石灯籠は本来何のために使われていたのですか?」この時は、さすがのドン内田さんも口ごもり気味に「亡くなったご先祖様がこの世に戻られる時につまずかぬよう足下を照らすため・・・だと思う」という観音様にしてはやや心許なさの残るお告げです。そこで、スー再び「足の無い幽霊が躓くことはないと思うのですが?」ここで「ンッ」の絶句が続いたわけです。先祖の霊を幽霊と同一視して足無しにしてよいのか疑問ですが、「幽霊には足が無い」を知っているからこそできたG=Dでした。ちょっぴり悔しいから、逆にハワイについてこちらからG=D質問を呈して、スーをウンともスーとも言えなくしてやろうかと思いましたが、悲しいかなハワイに関する知識が無いのでG=Dによってスーを絶句させるのは無理だと直ぐに悟りました。知っている者ほど良い質問ができるんですね。そう言えば、「チンプンカンプンで質問もできなかった」は自分もよく吐くセリフです。


孟宗竹と妄想だけ/竹林と珍チクリン

ところで急に変な話ですが、名前が人間を作るということがあるんじゃないでしょうか。常日頃「竹さん竹さん」と呼ばれ慣れておりますと、どうしても「俺は竹なんだ。竹らしくならなければならないんだ」という意識が働くようになる。そしてそれがなんとなく形になって表れて、いつの日にか、長竹さんのように心身ともスクスクと成長され、竹原さんのように竹を割ったような性格を身につけられる。それに引き替え、こちとらパンダに間違って食われてしまいそうなササ木が名前だから竹のように健やかに成長できない。「擂亭」と ”竹寺” 報国寺の庭園の「孟宗竹の竹林」の景観があまりに見事なものですから、 傍らにいる我が身の「妄想だけの珍チクリン」ぶりが余計に引けてみえてしまうのでしょう。「名前が人間を作る仮説(妄想)」に真実味を感じさせるほど、密集して生え、一斉に空に向かって伸びる竹の林には、見るものを圧するほどの勢いと潔さの伴った風格が感じられました。武士(もののふ)の都・鎌倉には紅葉よりよほど竹林の方が似合う。これは、紅葉時期尚早に対する負け惜しみではなく心底そう思いました。


スイキンクツ?
 
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浄妙寺は、同じ鎌倉五山でも、午前中にまわった円覚寺や建長寺と違って、建物や庭園の佇まいにどこか安らぎを感じさせるものがあります。丁度、瀟洒な茶坊で抹茶が点てられておりましたので、片岡夫人、長竹夫人、長谷川夫人とスーの女性カルテットは畳に上がり、その間男性群は庭園をゆっくり散策したり、縁側に腰を下ろしたりして一日の疲れを癒しながら女性群を待つという形になりました。一時して戻ってきたスーが「長谷川夫人にスイキンクツを教えていただいた」と興奮気味に言います。聞けば、「水琴窟」と書き、地中に埋めた甕で水を落とすと琴のような音が響くんだそうです。「日本人が知らないことまでスーに教えて頂いて」と、後日長谷川さんにお礼申しあげたところ、「あれっ、佐々木さん知らなかったんですか」とサゲスマれ、ついでに「日本語の教師なのに」と追い討ちをかけられてしまいました。それほど珍しいものではなく、由緒ある寺社の庭園にはよく備えられているもののようです。内田ドン殿や、これも博識でおられる横川さんは別にして、その他大勢(失礼)の大木さん、片岡さん、竹原さん、長竹さんはご存知でしたか。何でも自分を標準と考えるヘキのある片寄り日本語教師の小生としましては、自分の知らない事を知られている長谷川夫妻の方が知識カタルという病気なんだと決め込んでいるのですが。


奇遇会ならでは

スーに「奇遇」の意味と奇遇会の成り立ちを説明したところ、「では、長竹さんの奥さんと私も奇遇ですね」という切り返しがありました。お話ししていて長竹夫人のお知り合いの英国人女性がたまたまスーの友人であるということが分かったからだというのです。さすが出藍の誉れ、一を聞いて十を知るスーの聡明さは見事です。しかし、奇遇会ならではの奇遇を愛する姿勢と行動があればこそ、このように奇遇の輪が広がってきているのだと思います。スーが今回に懲りることなく留まり、かの英国人女性でも引き込んだりしたら、奇遇の輪が国際的に広がっていくことも満更夢でもなさそうです。また、鎌倉から程近い辻堂の住人である小生は、何回も「擂亭」の名は聞いており「そのうちに」と思いながら遂に訪れることなく今まで過ごしてしまいました。「一度行きたいのだがなかなか」とか「一度経験したいのだが」といった事柄をイベントに取り入れ、初体験との奇遇をも併せて楽しむというのも奇遇会ならではのことです。今回は長竹・大木幹事殿のアイデアがヒットして、「自分にとって新しい鎌倉」をそれぞれに体験できたのではないでしょうか。次回イベントが楽しみです。


関連リンク
●総務大臣賞を受賞した「鎌倉を紹介するホームページ