尾 瀬 の 山 旅
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■旅の概要 ●日 程:2000年9月23日(休)〜24日(日) ●行 程:(1日目)上野駅6番線の6:30発普通列車の2号車に集合→高崎駅(乗り換え)→沼田駅9:12着、沼田駅前9:35発路線バス→戸倉、戸倉8:25発マイクロバス→鳩待峠11:35着。昼食後、鳩待峠→植物見本園→山ノ鼻→三叉→竜宮小屋16:10着・泊。(2日目)竜宮小屋7:00出発→下田代十字路→ヨッピ橋→三叉→山ノ鼻→鳩待峠着。鳩待峠発マイクロバス→戸倉。レストラン「健太」で昼食後、バス停前の温泉ホテルで入浴。戸倉15:10発路線バス→沼田駅前。沼田駅16:56発特急・水上8号→上野駅、解散。 ●参加者:横川、佐々木、長谷川、船越夫妻、若狭、峠舘、野竹(船越夫人の友人)の計8名
■会員のレポート(写真は横川会員のデジカメと、佐々木会員のフィルムカメラからのCD-R提供によって掲載しています)
曼珠沙華といえば彼岸花。彼岸中日と言えば巨人が中日に勝てば今日にも優勝が決まります。オリンピックにプロ野球にイベントたっぷりの日になぜ尾瀬に向かわなければならないのか。実は、奇遇会メンバ−は、一昨年訪れて以来「秋の尾瀬」に病み付きになっていて、我々にとっては「秋が来れば思い出す遥かな尾瀬」なのです。しかも、一昨年(10/10-11)は紅葉には少し遅すぎた。今年こそピーク時の紅葉堪能の悲願達成とばかり彼岸に日を選んだのでした。オリンピックに背を向けプロ野球・巨人軍に不義理してでも彼岸に悲願を。 高崎で乗り換えて沼田までがまた長い。昔はもっと早く着いたのにと、思い返してみたら当時は夜行列車を利用していたから寝ながらにして目的地に着いていたのでした。仕方がないので今度は「なぜ群馬出身の総理大臣が多いのか?」と言う問題を勝手に立てて瞑想(妄想?)にふけることにしました。上越線を延長すると角栄サンが現れる。新潟の首都圏直結が列島改造論の目玉になっていたに違いない。そして、福田、中曽根、小渕の親分衆が新幹線、自動車道敷設につき群馬内の地権問題で骨を折って角栄サンに恩義を売った。
さて、沼田駅で戸倉行きのバスを待っているうちに、天気予報で報じられていた通り雨が降ってきました。ノー天気が売り物の小生「大丈夫大丈夫、奇遇会イベントは好天気に決まっている」と根拠の無いうわ言をほざいておりましたが、雨粒が落ちてきては形勢不利です。それでも、雨合羽を着ての鳩待峠スタートに当たってもなお強気を崩さず、「大丈夫大丈夫、こんなの雨のうちに入らない」。雨の詭弁のスタートでもありました。
山深ければ谷深し。谷川のせせらぎが足元よりずっと下から聞こえてきます。エゾリンドウ、ヤマトリカブトの鮮やかな紫が小雨の中に浮かび我々を迎えてくれて、まずは「尾瀬の秋は紫」序曲です。盛期を過ぎたオゼヌマアザミは同じ紫ですが、木道をすれ違う登山客の8割 山の鼻小屋近くの周回コースを軽く一巡して、いざ尾瀬が原へ。展望が俄かに開け、狐色をした湿原が視界に広がります。湿原にも微妙なアンジュレーションがあるためか、狐色にも濃淡があり、色調の変化が目を楽しませてくれます。これぞ秋の尾瀬、狐色のコンチェルト。ワレモコウ(吾亦紅)だって「我また紅なり」なんて頑張ってますが、花穂は暗紫紅色で、篠原ではありませんが素人目には「こげ茶優勢」なんです。
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たどり着いた龍宮小屋。龍宮といえば乙姫様。本日も賑やかな乙姫の独演ステージとなりました。姓は野竹で名は紀子。北海道・厚岸の大牧場で生まれ育てられたせいか稀有壮大。性格がまさに「竹」で、強靭で反発力に富み多少のことでは挫けない。行動力豊かで、取得した各種資格を利して各種の職業や余技を経験し、それぞれに一家言(“いい加減”ではありません)をもたれています。そして話し上手。座持ちの上手な乙姫様なのです
「高橋尚子優勝」を聴いたのは、牛首の三又に向かう木道の上でのことでした。勝利を確信した船越さんがイヤホーンを外して、最終2kmの実況放送を聴かせてくれたのです。「やった―」。日本女子の陸上競技金メダル獲得を20世紀の歴史に残してくれた。世紀末の悲願達成を何とか我が記録にとどめたく、夢中になってシャッターを切りました。歴史的瞬間の至仏山と船越・佐々木両名の喜びの表情を収めた写真は値打ち物になる…かな? 程なく山の鼻小屋到着。「きのこ汁」の貼り紙が目に入ります。きのこ汁を食さ 沼田駅から路線バスに乗り込むと、再び同駅にもどるまでゴミ箱は何処にもありません。バス停は云うにおよばず休憩所にも山小屋にも。灰皿も山小屋の中にはありましたが休憩所にもバス停にも一切ありませんし、尾瀬ヶ原の板道のかなりの部分が喫煙禁止区間になっています。また、山小屋のお風呂では石鹸・シャンプーが使用禁止となっているなど、生態系を乱さない自然保護策が徹底しています。
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